第2回若頭MTG 江藤 隆二さん【レポート】


スピーカー 江藤 隆二さん
11月24日(月) このイベントは無事終了いたしました。

江藤さん自己紹介

江藤隆二と申します。
就活支援をやっているので僕は生徒からは”りゅうさん”と呼ばれていて、友人には”りゅう”と呼ばれています。
今は国際キャリアコンサルタントという資格をとっていろんな仕事をしております。所属は株式会社ストーリーの代表取締役、社団法人ライフナビアカデミーの理事 兼 講師をしております。
社団法人ライフナビアカデミーでは12年後のビジョンを1日10時間かけて描くというセミナーをやっています。

出身は理系です。昔の夢はゲームクリエイターで、めちゃくちゃゲーマーでした。ファイナルファンタジーは1~3はやったことないのですが、4以降はほとんど全部やっています。またドラゴンクエストも全部やっています。幻想水滸伝などみんなが分からないレベルのRPGまでやり込んでいる…というのが高校生までの僕の趣味であり、生きがいでした笑。

今の専門はキャリア教育で、学生の就職支援と新卒採用支援と中途採用支援がメインです。昨年独立しまして、学生の就職支援に関しては今の大学4年生を150名個人就職支援させて頂きました。今の大学3年生は現在で80名の個人支援をしていて、LINEで直接やり取りしながら相談にのっています。

新卒採用支援では某大手専門商社さんなどその他多くの企業のお手伝いをさせて頂いています。前職では人事の責任者をやっておりましたので、中途採用支援ができるので某大手ゲーム会社さんのお手伝いもしております。ゲームクリエイターとしてではなく、別の形で念願の会社で仕事が出来ました笑。
大学の支援では模擬面接の授業をやらせて頂いたり、非常勤でキャリアセンターの相談員をやらせて頂いたりしています。

講演に入る前に得たいものを明確化させる

若頭のコンセプトは”行動”にフォーカスしていく、自分たちの成長のためにやっていく会ということで、最初に皆さんに考えて頂きたいことがあります。

今日はなぜセミナーに来て頂けましたか?

「今日なぜセミナーに来ようと思ったのか」と「このセミナーで何を得たいのか」を1つずつだけで構わないのでノートに書いてください。

<各自得たい目標等を共有>

人は意識しないとフォーカスしたもの以外のところでごちゃごちゃになってしまうので、今日このために来たということを頭に入れて話をきいていただければなと思います。

江藤さんがどこに向かって行動しているのか?

今回は、自分の志のために行動してきたことをお話させて頂くことが皆さんの行動に繋がればと思いますので、これまでの僕のお話や、今どこに向かっているのかというところをまず皆さんにお話するところから始めたいと思います。

僕は昨年9月に独立して株式会社ストーリーを設立しました。今の会社は1人でやっているので会社というよりも個人事業主という感じです。株式会社ストーリーの「ストーリー」は1人ひとりの人生になぞらえて社名をつけています。
若頭ミーティングのメイン参加者は20代ですが、僕は高校3年生ぐらいから社会にでるまでの人たちが、「どういう人生を送って行きたいのか?」「どう人生を生きていきたいのか?」ということを考えるお手伝いをしていきたいと思っています。
今は就職活動生と関わることが多いのですが、将来的には大学1,2年生や専門学生・短大生などの若者が「こういう社会人になりたな」とか「こういうことをやっていきたいな」とか「こういうふうに生きていきたいな」ということを自分で描けるような世の中を作っていきたいなと思います。

ゲームクリエイターになりたかったゲーマーの子供時代

先ほどゲームクリエイターになりたかったと話したのですが、小学生の時は毎月RPG買って、毎月クリアして、毎月新しいゲームを買うという恐ろしいほどのゲーム好きでした。RPGツクールというゲームソフトが出て、それがきっかけでゲームを作りたいと思いました。

「友達」と呼べる人がいなかった中学時代

中学校の時は友達がいると言えなかった時代がありました。小学校の時かなり自己中な子だったんですね。ソフトボールとかあるじゃないですか。走ってアウト・セーフとかで揉めて力でねじ伏せるという負けず嫌いかつ自己中でした。公立の中学校だったので小学校のメンバーが持ち上がり、中学校入った瞬間に僕が会ったことない人からもう初対面で嫌われているという時代がありました。中学でケンカをしたとき、相手から「お前なんか友達いないくせに!」と言われ、何も言い返せず泣いて帰ったことがあります。自分が自己中だということを気付かせてくれた先生がいたので、自分がどうあるべきか?とか思春期を迎えていたのが中学校の時ですね。

勉強にハマっていった高校時代

高校の時には人間関係が一旦リセットされ、中学校の3年生の冬から通っていた佐鳴予備校という東海地方で有名な塾に入って勉強にハマっていきました。予備校の先生がめちゃくちゃ面白くて、先生と言うよりもお笑い芸人と思えるような人たちが佐鳴予備校では塾講師をしていたので、そういう人たちに支えられてとにかく勉強がんばろうと思えたのが高校3年間ですね。
当時はプログラマーになりたかったので、本を読んでシステムエンジニアという職種を知って、システムエンジニアの仕事をしたいと思っていました。なので、とにかく理系で行けるところまで行きたいと頑張った高校3年間だったかなと思います。

何がしたいのか分からなくなってしまった大学前半

大学生活ですが、皆さんの中にも経験した人がいると思うのですが、大学受験で燃え尽きます笑。
新しい環境に入って新しいことやろうと思い、東京で彼女と1年目付き合うも1年後にフラれ、サークルも人間関係が面倒になって辞めました。何をしたいかよく分からなくなった時期がありました。行きたいから大学に入学しているので、授業を受けるのは苦ではありませんでしたが、なんかモヤモヤするなという時期が半年~1年くらいありました。

友達がきっかけで起業に興味を持つようになる

当時、起業支援をしているドリームゲートと言う団体で社長のカバン持ちインターンシップをしている友達がいました。経済産業省も確かその団体をバックアップしていて、堀江さん(ホリエモン)が有名な時だったので、世の中では起業に関して火が付いているような時でした。カバン持ちをしている友達とは授業が一緒で、最初はノートを写させてほしいという感じだったんですが、その友達はインターン先の会社でサイトを立ち上げると言って、「こういう風な機能をホームページ上でやるには、どういうふうにすればいいのかな?」とか「コンピュータ言語っていくつかあるけどどれを使ったらいいのかな?」とか質問の質が変わっていったんですね。そういう姿を見て面白そうだなと思いました。

大学時代は自分の好きなことをやろうと決心する

もう1つその当時のことを話しておくと、初めて海外旅行に行ってイギリスに3週間バックパックしてきたことがあったんですね。旅行に出発した日に祖父が亡くなっていたということを帰国した日に知らされ、すぐに地元の愛知県に帰り、そこで自分の人生で初めて身近な人の死を経験しました。
僕の家庭は高校3年生の時に父親が倒れてしまいお金がない家庭環境でした。私立の理系大学で、かつ愛知県から東京に出させてもらったので全然お金に自由がなかったんですけど、海外旅行で自分と同い年の女の子が出稼ぎにブラジルからイギリスに来ているのを見たり、祖父の死を経験したりしたことがきっかけで、もう1つ奨学金を増やして残りの大学生活自分の好きなことをやってみようと決心しました。この時に学生起業団体を立ち上げました。

学生企業団体を立ち上げるが、メンバーが離れていく…

当時mixiが最盛期で、mixiのメッセージを使って仲間集めや、イベントの集客をしていました。
この頃から、中学時代に友達をいると言えなかった自分がまた顔を出してきます。メンバーに対して「こうやったら出来るのに、なんでイベントのテレアポをしないの?」という激詰めマネジメントをメンバーにしていたんですね。そうすると給料出てるわけではないのでみんなと連絡が取れなくなるわけですよ。電話かけても出ないし、メールも返信来ない。

そんな話を他団体の代表さんにした時に、「気持ちはわかりますけど、メンバーのせいにしてたら代表やってる意味ないですよ」「相手を変えようとするのではなく、自分が変わるべきなんじゃないですか?」と言われました。その電話は2時間ぐらいだったんですけど、ボロ泣きで結構へこみました。人付き合いが上手くできなかった中学時代の思い出もあるので、もう号泣です。そういう自分の嫌なところが、小さいころから自分に根付いていることに気付かされました。

みんなで1つのタスク・目標・ゴールに向かってものごとを推し進めていくことの難しさに直面をしていました。今までは一人でカリカリ勉強するとか、スポーツとか自分一人でやることは得意だったんですけど、みんなできちんと進めていくということに興味を持ち始め、組織論に興味を持ち始めたこの頃です。すぐ起業しようと思っていたんですけど、自分が力不足だなと思って組織を作ることを勉強したいと思い、株式会社ビジネスコンサルタントという組織コンサルティングの会社に入りました。

株式会社ビジネスコンサルタント時代

ビジネスコンサルタントの仕事はすごく面白かったです。補足すると、リクルートマネジメントソリューションズさんとか、リンクアンドモチベーションさんとか、外資はマーサージャパンさん等、色んな企業とバッティングする業界の中で、日系でいうとトップの会社です。僕がいた時はちょうどリーマン・ショックの後でした。それで売上がガクッと下がって、社内がごちゃごちゃしました。

この時に会社同士のお付き合いが20年くらいある社長さんから「申し訳ないけど、今のビジネスコンサルタントさんにお願いできることはない」と言われました。組織コンサルタントってコンサルティングするんですが、アウトプットは研修なんですよ。そうするとお客さんから見たビジネスコンサルタントって、コンサルティング会社じゃなくて、研修会社なんですね。もっとお客さんの会社の中に入り込んで、3ヶ月ぐらい企画営業とコンサルタントが一緒に入り込んで、組織風土を変えていくというところまでコミットメントをしてやらないといけないんじゃないかと思いました。

会社の方針とズレを感じて転職

1日の研修でいくらもらうのかというと40~50万ぐらいなんですね。しかしながら会社の戦略は日本の中小企業がメインターゲットだと言っていたことに疑問を感じ、その話を役員としたときに会社の方針や考え方とのズレを感じました。

なんで転職しようと思ったのかというと、僕は目の前のお客さんのためになることを本当にやりたいということにあまりにも偏っていたんですね。なので、そこが合わなかったので、この会社にはいられないなと思いました。

自分の価値観と合う職場を探して転職活動

お客さんのために本当になることで自社の利益が自然と上がるような会社を紹介してくださいとリクルートエージェントさんに転職先を紹介してもらいました。
当時、キャリアビジョンとしてコンサルタントとしてやっていくか独立するか悩んでいたんですが、ある会社の女人事部長と面接をして「あんたどっちやりたいの?」「コンサルタントと独立するのはぜんぜん違うよ。」と言われたことがきっかけで、やっぱり独立したいと思う気持ちが強くなりました。
独立するために役立つ経験を積みたい。お客さんのために本当になることをしたい。そういった希望を持った僕を受け入れてくれたのがファインドスターという会社でした。

ガムシャラに働いたファインドスター時代

ファインドスターでは当時人事部がなかったんですが、人事チームの立ち上げてよと言ってもらえました。喜んで手を挙げて、仕組み創りの経験をさせてもらって、何かを作り始めるということをやっていました。ある日社長と話している時に「江藤は起業志向だけど、いつ起業するの?」という風にいわれて、「まだネタが決まっていないのでちょっと…」と言ったら「ネタなんか決まってなくてもいいじゃん!」みたいな感じで。
それを聞いた時に「確かにそうだな」と思ったんですね。ファインドスターの仕事ってすごく面白くて、やりがいもあるし、ガツガツ仕事をやっているので社内のみんなや社長からの信頼を頂けるようになってきていて、普通に考えたら辞めるなんてありえない環境だったんですね。本当に綺麗事じゃなくて、前の会社を辞める理由は「独立したい」以外になかったんですよ。このまま会社にいたら好きなこの会社でずっと働き続けてしまうなと思って。

Facebookで独立を宣言

自分がこのままいったら独立できないと思ったので、Facebookで独立を宣言しました。Facebookで「来年の誕生日までに辞めます!」という投稿をしました。それからはFacebookを更新する度に、独立まであと何日という記録をつけて、独立までのカウントダウンをしました。独立までの期間に、今までお世話になった人に挨拶をしている中で「なんのために起業するのか考えろ」というアドバイスを頂いて、「なぜ自分は独立するのか?」「どんな風にやっていくのか?」ということを考える1年でした。その中で理念が固まっていきました。

動くことでしか自分の未来は創られない

今までそれなりの人生目標を立てて、動いてきた訳です。大学受験もそうだし、学生団体もそうだし、1社目を選ぶときも2社目を選ぶときも独立するときも。そうやって都度自分が行きたいと思う方向に動いてきた結果、昔なりたかったゲームクリエイターではなく、今ではこんなところでこんな話をしているんです。それってつまり、自分が色々と出会ってきた中で自分が良いと思った物事を取捨選択してきたわけですね。
正直、独立していても理念を実践するためにどういうふうにやっていけばいいのかということは明確には分かりません。多分皆さんもぼんやりとやりたいことや、なりたい像があると思います。僕もそうです。でも、具体的に「こうやったら必ずいける!」というのは思いつかないと思うんですよ。

だからその具体的な形を探さないと。行動して、自分のやりたいことをアウトプットしていかないと情報をくれたり指導してくれたりする人に出逢えません。だから色んな所に行って、色んな人に会って、自分はこういうことをしたいとアウトプットすることで仲間が集まったり、情報が集まったりします。もしベンチャーキャピタルの人がいたら「一緒に進めていこうよ」と言ってくれるかもしれません。僕もそうやって応援してくれる人に見つけてもらいました。

でもこの偶然の種って外に出ないと、絶対にないです。家の中にいても、会社の中にいても絶対にないですね。外に出て自分の考えをアウトプットして行動するしか手に入れる方法はないんです。

スティーブ・ジョブズの伝説的スピーチ

教えていた就活生の子に内定後の段階で学生団体を作ってもらって、仕事ってどういうことなのかとか他者と働くってどういうことなのかということを学んでもらっているんです。その学生団体の子がイベントで「スティーブ・ジョブズの伝説的スピーチがいいよ」って後輩に伝えているんですね。まさに先ほどお伝えしたことを言っているので、少し見ていただきたいと思います。

行動する上で大事にしてほしい、計画的偶発性理論

スピーチの中で、Connecting the dotsという部分があります。自分はゲームクリエイターという夢から、ここでこのようなお話をしていることって全然想像もつきませんでした。 でもそれはスティーブの言う「Connecting the dots」であり、キャリア理論でいうところの「計画的偶発性理論」と呼ばれているものです。
計画的偶発生理論というのは偶然を自分の意志でステップアップの機会に変えていくということです。これはまさしく行動しなければ絶対にできません。この偶然の種を見つけていくために大切な要素が5つあると理論では言われています。

1つ目は好奇心です。
絶えず新しい学習の企画を模索し続けるということですね。
これがないと行動できないです。目標のために行動するというよりも、自分が興味あることを探してそこにとにかく飛び込んでいくということが、最初のきっかけになると考えています。
2つ目は持続性。
失敗に屈せず、努力し続けること。就職活動とかでうまくいかないこともあるかもしれないけど、それでも努力し続けるということですね。いつ偶然の種に出会うかはわかりません。
3つ目は楽観性
真剣に考えると自分がどんどん鬱々してくるので、特に社会人は注意かなと思います。
肩の荷をおろして考えていかないと、そもそも持続性も続かないし、好奇心は面白いから行動するということなので、楽観性はもっていてほしいなと思います。
4つ目は柔軟性
それは違う!ではなくて、そういう考えもあるなという風に受け入れ、それをベンチマークして自分はこっちの道を進んでいこうというふうに、柔軟に相手の意見や価値観を受容していくということが大事になります。
最後は冒険心
結果が不確実でもリスクを取って行動するということです。先ほどの好奇心じゃないですけど、何か面白そうだなと思って行動した結果は自分できちんと受け止めないと行けません。もし結果が悪かったとしても行動をし続けることが大切になります。

こういった5つのポイントを自分で、やっていくということが、
自分のキャリア・自分の人生のストーリーを描く根本的な要素になってきます。
最後に実は5つの部分を見て考えたことを、ペアを組んで共有をしてみてください。

<各自共有>

最後にこのセミナーで得られたことや、今後やっていきたこと等がありましたら、個人のワークとして書いてみてください。

<各自ワーク>

本日は1時近くお時間いただきましてありがとうございました。
特に学生の皆さんは必ず連絡していただければと思います。笑
本日はご清聴ありがとうございました。

第2回 イベント情報

このイベントは無事終了いたしました。

日  時: 11月24日(月)16:00〜18:00 【受付時間 15:30~16:00】
場  所: コンサル&シェアスペース WaO (http://www.wao-otemachi.com/)
大手町駅(c2b出口)徒歩4分
参加費: 500円(場所代と飲み物代として頂戴します)
内  容: 16:00〜17:00 講師によるセミナー・質疑応答
17:00〜18:00 グループワーク

第2回イベント スピーカー江藤 隆二(株式会社ストーリー 代表取締役)

【経歴】
2009年 慶應義塾大学理工学部管理工学科卒。
2009年 株式会社ビジネスコンサルタント入社
2011年 株式会社ファインドスター入社
2013年 株式会社ストーリー 代表取締役就任。
【株式会社ストーリー 事業内容】
キャリア教育支援事業
採用支援事業