やりたい事・やりたい仕事が見つからない社会人へ ―ホリエモンから学ぶ働くことの意味―


社会人になりただ漠然と毎日をがむしゃらに頑張るのではなく自分の本当にやりたいことを目標に頑張るべきだ多くの人がこのようなアドバイスをもらった経験があるのではないだろうか。しかし同時に「自分のやりたいことが見つからない」と悩んで行動できない社会人も多いのではないだろうか。
今回はそんな社会人に向けて「ゼロ―なにもない自分に小さなイチを足していく(堀江貴文著)」をヒントにこのテーマについて考えてみたい。
ゼロ

あなたは何のために働いているのだろうか

突然ですがあなたは何のために働いているだろうか。
「お金のため」
「生きていくため」
「自己実現のため」
「そんなこと考えたこともない」
人それぞれ働く理由は様々だ。一般的に仕事は楽しいものでないし、働くこと自体は我慢することであり、お金とは我慢と引き換えに受け取れる対価だと考えている人も多いだろう。
しかし、どうだろう。人生の中で仕事は最も時間を投下するものの一つである。場合によっては家族との時間よりも職場で過ごす時間のほうが遥に長い人もいる。それを我慢の時間にしてしまうのはどう考えても間違ってはいないだろうか。

お金は貰うもの?稼ぐもの?

多くの社会人は自らの「労働」をお金に変えているのではなくそこに費やす「時間(我慢)」をお金に換えている。ホリエモンによれば、お金とは「貰う」ものではなく「稼ぐ」ものだとはっきりと定義している。自分の時間を差し出していれば給料が振り込まれるのは仕事ではない。積極的に自らが「稼いでいく」という意識が仕事をする上では必要だという。そして積極的に「稼いでいく」ためには自分が差し出す「時間」以外に自分が何を付加価値として提供できるのかを真剣に考える必要がある。
人生が豊かにならない根本原因はお金を貰うために「働く=時間を差し出している」という感覚から来るものではないだろうか。であれば根本的にお金を「貰う仕事」という考え方から、お金を「稼ぐ仕事」に換えていく必要がある。そして私たちは「お金を儲けるため」に働くのではなく、最終的に「お金から自由になるため」に働くのだ。

自ら自発的に稼ぐ仕事とは?

よく職場で成果が出ないと仕事にも前向きに取り組めなくなり「自分にこの仕事は向いていない」と考え、自分に逃げ道を作ってしまうものである。しかし、この「向いている」と感じる所謂「仕事へのやりがい」というものは自分の適性に合った仕事を見つけるものではなく、自ら作るものであるとホリエモンはいう。
ある業務に対して仮説を立て、実践し、試行錯誤を繰り返す。そんな自発的なプロセスの中で、「与えられた仕事」は自ら「作り出す仕事」へと変わっていく。このように取り組むプロセス自体が「仕事を作ること」であり、時間を差し出すのではなく、自らが「稼ぐ仕事」に繋がるのだ。
例えば「自分は営業に向いていない」と考えている新卒社員がいたとしよう。彼のような場合、多くのケースが「彼の能力が営業に向いていない」から仕事に没頭できないのではなく、営業という仕事に「彼が没頭していない」から仕事を好きになれない場合が多い。一般的に仕事を嫌いだと持っている人はその仕事に関して経験が足りないだけなのだ。仕事を好きになり没頭するコツを、自分でルールを作ることだとホリエモンは説明する。
ルール作りのポイントは遠くを見ないことだ。
・今日という一日に達成可能なレベルの目標を掲げ、今日の目標達成に向けて全力でダッシュする
・今日という一日を、目の前の1時間を、100メートルダッシュのつもりで全力疾走する
上記のような意識で毎日を積み重ねるうちに、次第に仕事に没頭している自分に気づくだろう。

「やりたいことが見つからない」はウソ

いよいよこのお話の本題である。仕事のやりがいを決める要因として「自分がやりたいこと」が自分の仕事と合致していることは大切な要因である。しかし、自分の「やりたいこと」「やりたい仕事」が見つからない、分からないという社会人は少なくない。なぜだろうか。例えば、海外の旅番組を見てフランスの田園風景が映る。こんなところに住めたらいいなあと憧れる。英語に堪能な人を見て羨ましく思う。自分と同世代のベンチャー企業家に刺激受ける。
それでもなぜ多くの社会人はこれといったアクションを起こすことができないのだろうか?
答えはシンプルである。
最初っから、こんなこと「できっこない」と決めつけてあきらめているからであり、逆にいうと、こんなこと「できっこない」という蓋を外してしまえば、自分が「やりたいこと」「やりたい仕事」は湯水のように溢れてくるはずなのだ。ゆえに、仕事で突き抜けられる人とそうでない人の理由はシンプルに「物事をできる理由から考える」か「できない理由から考える」かの違いだと言える。
つまり仕事で突き抜けられるかの分かれ目は、「能力の差」ではなくちょっとした「意識の差」なのである。
あなたも自分の胸に手を当てて考えてみてほしい。いつの間にか自分の願望に蓋をして、「できっこない」と決めつけてしまってはいないだろうか。
そう考える限りあなたは永遠に自分のやりたいことは見つけられず永遠に成果を残すこともできないのだ。

思考のオヤジ化から脱出しよう

人は「もうここでいいや」と満足してしまった瞬間、思考停止になってしまう。「やりたいことがない」「やりたい仕事がない」という人は多くの場合、
何か壁に当たった時や何かに挑戦するとき、「できる理由」を考えず「できない理由」ばかり口にしていないだろうか。常識に縛られ前例を重んじ新しい可能性や未知へのチャレンジを拒絶し20代であっても心は変化を嫌うオヤジになってしまう。自ら変われるチャンスに蓋をしてしまっているのだ。
これからは、どこかで思考することをやめ、前例や常識ばかりを振りかざす心のオヤジ化になっていないか振り返ってみて欲しい。
人生のどの場面においても「いま」が一番楽しく充実している自分でいたい。全て全力を費やし、絶対に「ここでいいや」では満足しない。いくつになっても「あの頃はよかった」は口にせず心から「いま」が一番楽しいと言えるような生き方を一人でも多くの社会人に感じてもらいたい。
これからの働き方を選ぶことは、自分の生き方を選ぶことに直結する。人はメシを食べるために働くのではない。僕らは自らの生を充実させるために働くのだ。「やりたいことがない」「やりたい仕事がない」と考える社会人はまずは「できない理由」ではなく「できる理由」を考える習慣を身に付けるところから一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。